畠山さち子ホームページ

バッハ その2


バロック時代の曲を当時の古楽器や奏法で、再現しようとしている演奏もよく耳にします。それも興味深いことですが、現代の楽器、例えばグランドピアノで演奏すると、モダンな響きと現代人の感性にも十分訴えかける音楽になることを、第1章で触れました。

外国人の教授はよく野山を散歩しなさい、と提案されます。練習の息抜きに・・・ではないんです。風の音、木々の緑の色、小川のせせらぎの澄んだ水の透明感、小鳥の声、等、特に遠くに足を運ぶ必要もなく、草花や鳥の名前を知らずとも身近な自然に、心の目や耳を傾けなさい、と言うのです。
音楽の父、ヨハン・ゼバスチャン・バッハの真髄と見なされていたものは、「芸術は自然を模倣する」です。バッハにとっては、芸術とは、宇宙のありのままの姿−自然−と、その自然を創造した神との間に存在するもの、と考えていたようです。バッハの生徒であったローレンツ・クリストフ・ミツラーが「芸術とは何か?自然の模倣である。ハルモニア(調和)は究極的に、自然の秩序とその因たる神とに関係がある。音楽とは、音の起源、属性、特質に関する、混合した数学的学問である。そこから、洗練された、美しいメロディー(旋律)とハーモニー(和音)が作られ、その結果、神は尊敬・賞賛され、人間は献身と美徳と喜びを悲しみへと、心動かされるのである」と書いています。

このようにバッハは、音楽と数学とは深い関係があると考えていました。というよりバッハだけでなく、当時のヨーロッパの人達は数字とキリスト教との関係に非常に興味を持っていたようです。例えば、古くはAに1、Bに2とアルファベットに番号を振り、ゴート語にはIとJが同じ発音なので、IとJは9、次はKが10に、更にUとVも同じ数になるように数えて、アルファベットが26ではなく、24になれば、キリストの使徒の12人の倍数になるので縁起が良い、と考えられていたそうです。

因みにバッハは、特に数字の4が気に入っていたようです。作品の中にこっそり4の倍数や4に関係した数に、音や小節、クライマックスを当てはめていたり。それでも音楽的になるところが凡人には成しえぬ技ですね。上記の法則に従い、長男のフリーデマン(Friedeman)の名前には、足した数を4に関連付けて名付けたそうです。或いは、4だけでなくゴールドベルク変奏曲には3曲目に必ずカノンを用いたり、と言った具合です。

このようなわけで当時、美と感情とを最高のものとする新しい芸術論(後のロマン派音楽)も出てきてはいたのですが、哲学では全ての物事がいかに、なぜ存在し、存在しうるのかと言う学問と定義されるように、バッハもハーモニーの最も奥深く隠された秘密を数字や数学と結びつけ最も熟達した技巧を持って究明することになり、独自の作品を生み出す道に繋がったのでしょう。第1章で述べたブランデンブルク協奏曲もそうですが、このような作曲が可能となったのは改良され、表現力がより豊かとなったピアノを贈られたから作曲された、とも言われておりますが、根本的には彼が持っていた「知的統一の夢」がなせる業だったと言えると思われます。

因みにバッハより少し前の世代のアイザック・ニュートンはバッハの没した1750年までには、すでに大天才として「科学者の鑑」となっていましたが、彼がキリスト教の天動説を否定する地動説を万有引力の発見によって証明したからといって神を否定したかといえばそうではありません。
彼は自分の発見した万有引力が「神が統率なさっていることを示すものである」と言う信念を持ち続けていました。自然を理解するための現代の科学とは異なり、彼の真理の探究は常に自然と神の両方にまたがっていました。
同様にバッハの作曲法もニュートンの万有引力法則の発見のように、「多声音楽の最も奥に隠された神のみが知る秘密への追求」「独創的で非凡な楽想」等、他に類を見ない独自のものです。その点で自然科学におけるニュートンと同じような意味でハーモニーの奥義を極めた大天才と見なされるべきでしょう。